マルボロを一本くゆらせ青空でお前と俺とひとつになれる
彼はその日、たまには実家に帰るからと事務所を出たのだった。着替えを持ってきたいし、新しいソフトを持ってきたい。相変わらずワガママな少年を見送りもせず私は仕事に没頭していた。
騒がしい救急車両の音は騒がしい、くらいにしか思わなかった。たまたま来た顧客があれはきみの弟子じゃないかと教えてくれなかったら、私は彼の身に起きたことなど知るよしもなかった。
おまwwwwww急にww強制終了wwwwwwwwwwwwwwふざくんなwwwwwwビープ音wwwwとかwwww聞かせろやコラ
「将来は副流煙で死ぬな、俺」残念wwwwwでしたwwwwwww不慮wwwwのwww事故wwwwww泣くwwwwwwww
(黒に浮く「赤の他人」の抹香を取り払う肩細く震ゆは)
お前の名つけた戦士がレベルアップした「正午過ぎ」wwちょwww次元www移動wwww
煙wwwwwこれwww復讐なのか嫌煙家wwwwニコチンないしwwww全部吸ったるwwwwwww
ふざけずに文を書けってこれでなきゃ平静さなど保てやしない
彼は10近く詐称して私のような趣向の人間がよく使うインターネットサイトで連絡をよこした。それが始まりだった。子供になど興味はなかったが押し切られた。住むところがないとしつこかったのでアルバイトならと採用した。資格も学歴もろくにない。教えてもまともに取り合わない。たまに姿を消してはゲームやアクセサリーを持ち込んで事務所を混沌とさせた。
酒も煙草も未成年だから私は与えなかったが、酒は隠れて舐めているようだった。煙草はからかいたくなるほどに嫌がっていた。わざとらしく咳き込む少年に煙を吹きかけるのが私の戯れだった。
ーー犬っぽいとかwなめんなしwwwww二年あったらあんた越えるし!
ーードラクエもやったことないwwwwまずキャラを作って名前は俺のにすんの。
ーー帰宅なうーw服もwwからだもwwwwwwヤニくさいwwwwww将来はwwwwww副流煙で死ぬwwwww
冷却音 ログインパスがわからずに ノートブックのバッテリ減りゆく/ 木曜は燃えるごみの日 口結ぶ ポテトチップもエンゼルパイも/ マルボロの灰で山作り火をつけて ひとりであげる南無阿弥陀仏
(きみにより思ひならひぬ世の中の人はこれをや恋といふらむーー在原業平)
いとしいや こひしいや、あいたいや おい布団冷えちまつたぞ馬鹿野郎
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少年の死は新聞記事に小さく載った。判別が難しい事案だった。少年にも少なからず非はありそうだった。だが車両にも問題はあった。記事の小ささは消してその母の悲しみの大きさに比例しなかった。女はままならないことの多かった日々を思い起こし、不在がちだったことを男の子だからと騒ぎ立てなかったことも悔やみ、泣きぬれるばかりである。
ようやくその身を起こし、息子の私物を整理し始める。気難しい少年は母に何も話してはくれなかった。いつからか彼の友達のことなどまったくわからなくなっていた。
一本花の白さみし きみかけしひさかたの天へ 色もうつりぬ
きみがため享けし枕は垂乳根のおはるもあるを知る ゆくりなく
荒海の凪がぬあらじと波たへてきぞまでを わた消えるなどつゆも
携帯電話のパスワードはすぐにわかった。誕生日に決まっている。そういう性分だった。そのなかでひときわ多い発着信の相手の名前を見とめる。種々の疑念が頭をよぎり立ちくらみがしたが、母は意を決する。
日のゆきて 名残の品を定めんと 帳面開き その人を知る/吾子や吾子 吾子吾子吾子や 吾子や吾子 おまへのゆるす人に会いにゆく
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時を経て、わだかまりがないではないが、時折女と彼は連絡を取る。
盆行事に呼ばれるが丁重に断りを入れる。やはり何かが違っている。一緒にはいられない。
俺には俺の、盆会がある。
迎え火の代わりと煙草に火を灯す 迅速に来いよ でなければ行く
線香の煙や憎し夏の宵 甘めのカレーを用意して待つ
タバスコと七味と一切れのピザと 今宵限りだビールも一献
血縁の者らも集へるきみがため 今生きてれば美男子の吾子
いずこなりとも風吹かば思い起こせよ一ツ花 荷物は持ってけ