砂の町

 川沿いを除いたほかは、もうすっかり砂になっている。
 町を彩る草木は消えた。
 僅かに水脈を作る隣の川辺に、申し訳程度に点々と緑が伸びる。だがその緑も、太陽に焦がされて先端の色を変えている。
 この町は今、枯れる手前。
 男は、川に架かる橋を管理している。ずいぶんたくさんの人が、草木を求めて橋を渡って行った。中には、もうこの川に橋は必要ないのだからと川縁に降りて川に沿って歩いていく若者の群もあった。
 町には、老人ばかりが残った。
 男も、冬が過ぎたらこの橋を離れて旅に出よう、と思う。
 この町は今、なくなる手前だ。
 男は、男の父親の家を訪ねた。そして、自分がいなくなったら橋の管理を頼めないか、と訊いた。父親は了解した。
 樹木を失った町に、風は厳しく吹き付け、家々はきしんだ。橋もうめいた。この町を守るものは、どこにもなかった。
 男は橋を支える柱を強化するため、寒さを堪えて外に出た。川辺の草たちは風にふるえていたが、色を失いもせず、地中に根を深く這わせていた。
 冬が過ぎた。
 男は町を出て行った。
 男の父親は男に代わり、毎日橋を見守った。壊れそうな時はほかの老人も誘って直した。
 老人たちには、町を出る体力がなかった。町を出た子供たちが帰ることもなかった。しかし橋は守られた。
 やがて老人たちは飢えと年月に枯れ、死んでいった。骸は細く折れそうな数本の腕に運ばれ、砂に埋められた。
 いよいよ最後の一人となった彼も、もう死期が近いのを感じていた。彼の亡骸を運ぶ腕腕はもうない。川沿いに彼はひとり歩いた。川はもう、その力を殆ど 失っていた。それでも、歩き続ければ、まだ水が流々とする部分があった。彼はそこに身を投げた。軽く、木の葉のようになった体は、岩場に留まり、ただ冷た さに迎えられた。そうして、最後の町人は、消えた。
 それから何年も経った。
 何十年、何百年と経った。
 砂は風に吹かれて少しずつ移動した。
 川は砂に埋もれたが、川もまた少しずつ移動した。
 雨が降った。
 太陽が照った。
 雪が降るときもあった。
 いつしか町は、草木が萌える町に変わった。
 風は砂を運ぶだけでなく、遠くから栄養や草木の種子も運んでいたのだ。
 その中でもひときわ多い種は川辺にある。これはこの地が砂に埋もれる前からあった草だった。深く根を張った彼等は、焦がれ、凍えながら、長い年月をかけて生き延び、種を増やし続けたのだ。
 あるとき旅人がこの地に訪れた。彼は、かつてここにいた人々とはまるで違う服を着て、この地が初めて受け入れる乗り物に乗ってやってきた。
 旅人の後にはたくさんの人がやってきた。
 町はあっという間に作られた。
 ひとりの新しい町人が、川のないところに橋の柱の名残を見つけて笑った。
 それを聞いた別の町人が、いろんな機械を使って地中を調べ始めた。
 冒険心と好奇心に溢れた少年は、自分の家より少し離れたところに湖を見つけた。
 そうして新しい町は、町が歴史を持っていることを発見した。
 ある男は思い出した。自分の先祖は砂から逃れて彼地へ行ったのだ。そしてこの男もまた、砂から逃れて此の地へ来たのだった。
 湖の底の泥の中から古い骸が見つかった。
 偉い学者によれば老人の死体だという。死因まではわからなかった。なぜ湖にあるのかもわからなかった。とにかく、古い町の老人だろう、というところで落ち着いた。死体の骨は薬品を施され、重要歴史文化財として博物館の地下に保存された。
 男は、かつて住んでいた砂の町に残してきた両親を思った。
 いつかあの町にも草木が戻るのだろうか。そしていつかあの町の跡が、このように見つかるのだろうか。
 そうだと良い、と男は思って、川に架かる橋の見張りに出かけるのだった。